自己紹介

初めまして、出筆者の夢咲  ジュン」と申します。

もちろんペンネームです
私は、現役サラリーマンとして、とある企業が経営する、家事代行・便利屋サービスのマネージメントをしております。

まだサラリーマン現役ですので、詳しい事はお伝え出来ませんが、大手企業の経営する、便利屋サービス業の部所に所属しており、私の役目は、店舗を、まとめる役割を行っております。

実は、ここに顔出しするのは、抵抗有りましたが、あなたに自信を持って情報発信したいと思い、おもいきりました。

代行業開業ブログ開設の動機
家事代行・便利屋サービスなど、この業界は、独立開業しようとすると、チェーン店に加盟するか、独学で独自開業すか、セミナーに行くかの3通りしかなく、独学開業の方はノウハウも無く、基本を知らない為、経営不振となり1年しない内に経営不振で閉店したり、生き残っても、満足な仕事もでき無いのに、法外な請求をしたりと、金儲け主義になっているケースも見受けられ。
「便利屋さん=ウサンクサイ」と言うイメージが定着してる地域も有ります。

私は、このブログを通して家事代行・便利屋サービスの正しい知識や、マインドを、あなたに身に付けてもらい、家事代行・便利屋サービスを開業してもらいたくて、当ブログを製作してます。

 


プロフィール
独立開業出来ないサラリーマン 代行業アドバイザー
家事代行・便利屋サービスの運営コンサルタントの
【夢 咲 ジュン】と覚えて下さい

●平成24年 企業法人の便利屋サービスを企画、大手フランチャイズで自社の便利屋開業。

●平成25年 スーパー大手企業法人の便利屋サービスの開業アドバイザーとして出向。

●平成26年 県内に2店舗目オープン ポイントシステム提案 顧客獲得に効果有り

●平成27年 スーパー便利屋サービス 県内3店舗、オープン 売上げ500万円/月達成

●平成28年 固定客からのリピーター7割 新規3割で増客。

●平成29年 便利屋サービスの新サービスとして家事代行サービス開始。

●平成30年 代行ビジネス コンサルタントとして開業準備として税務署へ開業届を提出
屋号名:ロングコーポレーション

●平成30年 アドバイザーの依頼を受けていたスーパー大手企業法人、便利屋店舗も、安定した売上げを水位してきたので、便利屋サービスのコンサルを離れることとなり、8月 自社の便利屋サービスへ移動となりました、まさか、開業の準備が出来る前に、今更、動かされるとは・・・これがサラリーマンの辛い所ですね。

 


サクセスストーリー

高校卒業後 陸上自衛隊 富士特化教導隊へ配属され6年満期で退職

世間を知らずで、突然 社会に飛び出し転々とアルバイトをして生計を立て、金も無いのに親に買ってもらった車で、毎晩夜遊び放題!!そんな24歳

そんな時 母が勧めてくれた、紳士服はる〇〇のアルバイトを紹介してもらい、紳士服の販売をする事となりました。

今まで無縁だった人との関り合い、接客業の難しさを学び 気が付けば洋服屋の店長になって愛媛県・兵庫県・大阪府・宮崎県・徳島県に転勤を繰り返し、自分なりに店長としてのレベルアップをしてきました。

自慢ですが売上げ成績も良く、会社で優秀店長表彰も頂きました。

私生活では結婚もして娘を授かり、とても充実した幸せな日々を送っていました、が!

幸せは長く続かないものですね。時当、給料はそこそこでしたが、家族の幸せを願い もっと稼ごうと思い副業でインターネットビジネスをし始めましたが・・・

それが会社にバレてしまい、副業として報告され私は会社を辞める事になってしまいました。

それを聞いた嫁の父親は、大激怒!!
当然ですよね、会社 首になりましたから、世間体にもカッコよくないですよね。

結局それが、きっかけで離婚に・・・
当時8歳だった娘とも引き離され、今だに、合わせてもらっていません。そんな私に残ったものは、約3千万円以上の住宅ローン、土地の固定資産税と子供の養育費です。全ての事に自信を失ってしまった私は、再就職すれど続ける事が出来ず、プータローの日が・・・・

その後も半年くらいプータロー生活、毎日、妹の家で居候させてもらってる部屋で引きこもり、半分うつ病状態となった私も、何とかしなくては行けないと、思い立ち 前職もあり百貨店アパレルに就職する事となりましたが、長続きせず、1年ほどで、また辞めてしまいました。

まさに人生のどん底です、ダメ人間のお手本となるような生活を行っておりました。

さらに年齢も年齢でしたから、就職面接を、受けても受けても10社以上に断られ、苦しまぎれで受けた、今の会社、廃棄物の営業として本採用が決まったのです。

苦労して、やっと入れた企業でしたが、いわゆるブラック企業でした。

朝7時出勤~夜12時帰宅 1日12時間労働以上、さらに当時の上司はパワハラが大好き、人間扱いしてくれません、そんな過酷な会社でも、噛り付いて、給料をもらわないと、生きていけませんでした、まさに会社の奴隷です。

そんな私に一つの転機が訪れました。
いつしか、今の会社で大手建築会社の営業担当を任されるようになり、そこで知り合った水道・電気・大工・内装・剪定などの業者さん、から色んな技術を教えてもらって仕事をこなしていたら、小さい工事は自分でも出来るようになっていて、少しずつの便利屋キャリアを上げて行くことが出来きていました。

そんな時 ふと、テレビを見たら、名古屋で有名な、便利屋ベン〇ーの特集した番組を見て、衝撃を受けました なぜか これだー⤴⤴ と思い。

当社の社長にプレゼンを行い、企業法人会社として、フランチャイズの便利屋ベン〇ーを立ち上げる事が出来ました。

当時、便利屋開業仕掛け人の私は、他県に在籍してと、新しいプロジェクトを遂行しており、一定の成功を収めたので、部下に引継ぎをしてる最中でしたので、仕方なくフランチャイズでの便利屋を部下に研修に行かせ代理店長でオープンさせました。

程よく、他県のプロジェクトから、便利屋の仕掛け人として、便利屋代理店長と合流
念願の企業法人としての便利屋業を、会社から課長と言う称号を頂き、代行業コンサルタントを行っておりました。

しばらくすると、当社顧客の大手スーパー管理会社も時代の流れを感じて、便利屋フランチャイズに頼らず、自社の名前で、企業法人の便利屋サービスを立ち上げたいとの、ご要望が当社に有り、便利屋サービスの技術提供と便利屋開業のノウハウをアドバイザーとしてサポートをするように、会社から、私に要望が有りました。

偶然、実家にも近く、会社の命を受けて、便利屋のノウハウの無い企業へ便利屋業のアドバイザーとして行くことになりました。
当初オープンは当社からは私を入れて2名 先方企業から3名 計5名で運営する事が決まりました。

オープニング新規販売促進企画

・スーパーマーケットと言う立地を利用して「お困り事相談室」店内ブースを設ける事を提案
パート社員を配置して、ご案内 お悩み相談 店内販促を常時行う。

・オープン初年度は固定客作りをテーマとして、オープニング割引1000円オフ

・便利屋、利用金額でスーパーマーケット発行のポイントを還元。

・ホームページ販促

・タウン誌への広告投入

今では、企業法人の便利屋サービスとして県下に3店舗を開業運営するまでになりました。

私は、今に満足せず、自分でも将来 便利サービスでの独立開業をしたいと思っています、みなさんにも このすばらしい仕事を紹介し 困ってる人を助けて上げて欲しいです。

高齢化社会 そんな社会が、あなたの進出を待ち望んでいます 一緒に社会貢献して行きましょう!
そんな気持ちで私は、ブログ書いてます

よろしくお願いします。 ( ´∀` )